M-GTA入門 質的研究の考え方から分析ワークシートの使い方まで
インタビューで話を聞いたあと、「興味深い話は集まったけれど、どう分析すればよいのだろう」と迷うことがあります。
人の経験を丁寧に理解したい。発言を紹介するだけでなく、そこで何が起きているのかを説明したい。そうした研究で検討できる方法の一つが、M-GTAです。
この記事では、質的研究との関係からM-GTAの基本を整理し、分析ワークシートのひな形と記入例を紹介します。
1.質的研究とは何か
質的研究は、インタビューの語りや観察の記録などを手がかりに、人々が経験をどのように受け止め、他者と関わり、行動しているのかを理解しようとする研究です。
例えば、国際交流プログラムについて、「参加者の何割が社会課題への関心を高めたか」を調べることもあれば、「参加者はどのようなやり取りを通して、それまでの考え方を見直したのか」を探ることもあります。後者のように、意味や文脈、変化の過程に迫るとき、質的研究が役立ちます。
ただし、質的研究にはさまざまな方法があります。個人の経験や語り方に注目する方法も、集団の日常的な実践を観察する方法もあります。インタビューを行えば、分析方法が自動的に決まるわけではありません。
まず「何を明らかにしたいのか」を考え、その問いに合った方法を選ぶことが大切です。[1]
2.M-GTAはどのような研究方法か
M-GTAは、Modified Grounded Theory Approachの略称で、日本語では「修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ」と呼ばれます。社会学者の木下康仁が、グレーザーとストラウスによるGTAをもとに、方法論と分析方法を再編成したものです。
GTAが目指すのは、データに根ざして理論を生成することです。ここでいう理論は、出来事を理解するための「説明モデル」と考えると分かりやすいでしょう。
M-GTAでは、人が他者と関わりながら、何を受け止め、どう行動し、その関わりがどう展開するのかを、概念とその関係によって説明します。分析結果を実践に役立てることも重視しています。[1][2]
例えば、世界市民教育の研究なら、次のような問いが考えられます。
「海外の同世代との対話を通して、参加者は教育に関する問題の捉え方や、自分の関わり方をどのように模索するのか。」
この場合、「関心が高まった」という結果だけでなく、何がきっかけとなり、どのような迷いや解釈を経て、関わり方が形づくられるのかを理解する。そのような問いは、M-GTAを検討する入口になります。
3.M-GTAで大切にする三つのこと
語りの文脈を踏まえて解釈する
M-GTAでは、データを機械的に細かく区切ることから始めず、研究の問いに照らして関連する箇所に着目し、その意味を考えます。
「切片化しない」とは、語りを一切抜き出さないという意味ではありません。必要な範囲を具体例として抜き出し、前後のやり取りや語り全体にも戻りながら解釈します。[1]
研究者の解釈を検討できる形にする
同じ語りでも、研究者の経験や関心によって着目する点が変わることがあります。そのため、「なぜそう解釈したのか」「ほかの解釈はできないか」を記録し、データとの比較を通して確かめます。研究者の感覚は分析の手がかりになりますが、納得できるという感覚だけで結論を決めるわけではありません。
概念の関係から説明モデルをつくる
M-GTAは、発言を似た内容ごとに整理して終わる方法ではありません。概念どうしの関係を検討し、研究の問いに答える説明モデルへとまとめます。
その説明モデルは、対象とした状況や人々の範囲を踏まえて理解するものです。あらゆる場面にそのまま当てはまる法則として扱うのではなく、実践で何に目を向けるとよいかを考える手がかりになります。[1][2]
4.最初に決める分析テーマと分析焦点者
M-GTAでは、「分析テーマ」と「分析焦点者」を分析の軸にします。ここからは、教育へのアクセスをテーマにした国際オンライン交流に参加した大学生の語りを例にします。
以下の語りは、すべて学習用に作成した架空のものです。 特定の国や地域の実情、教育プログラムの効果を示すものではありません。
項目 | 意味 | 今回の設定 |
分析テーマ | 分析で明らかにしたい問い | 海外の同世代との対話を通して、大学生が教育へのアクセスの問題の捉え方と関わり方を模索するプロセス |
分析焦点者 | 研究の問いに応じて、一定の条件で定めた人々 | 教育へのアクセスをテーマとする国際オンライン交流に参加した大学生 |
分析焦点者は、実際にインタビューした特定の一人ではありません。「どのような人々の経験として理解するのか」を定め、その人々にとって出来事がどのような意味をもつのかを考えるための視点です。[1]
今回の設定では、交流を通じて必ず理解が深まったり、行動が起きたりするとは決めていません。考えが変わる場合だけでなく、変わらない場合や、迷いが生じる場合も検討します。
5.分析ワークシートのひな形
分析ワークシートは、一つの概念につき一枚作成します。
分析テーマ:分析焦点者:
項目 | 記入欄 |
概念名 | 〔解釈した意味を、簡潔な言葉で表す〕 |
定義 | 〔この概念が、どのような認識・行為・経験などを指すのかを書く〕 |
具体例(ヴァリエーション) | 〔根拠となる語りを、文脈が分かる範囲で逐語録から抜き出す。類似例が見つかれば追加する〕 |
理論的メモ | 〔解釈の根拠、別の解釈の可能性、疑問、対極例の検討、ほかの概念との関係などを書く〕 |
具体例には、匿名化した話者IDや逐語録の行番号など、元のデータに戻るための情報を添えると便利です。実際に使うときは、具体例と理論的メモの欄を広く取りましょう。
表の上から順に埋める必要はありません。まず語りに着目し、その意味を考えて定義を書き、概念名を付ける進め方ができます。理論的メモは、作業の途中で気づいたことを随時記録します。[1]
6.記入例 相手の語りから支援の前提を問い直す
次の語りを読んでみましょう。
語りA:交流後の振り返り「交流前は、学校に通えない子どもがいるなら、まず学校を建てる支援が必要だと思っていました。でも、相手の学生が『私の地域では学校はあるけれど、通学の交通費が負担になる家庭もある』と話してくれました。それを聞いて、学校があるかどうかだけでは考えられないんだと気づきました。何が必要かをこちらで決める前に、相手の話をもっと聞きたいと思いました。」
ここでは、参加者が最初に抱いていた支援の考え方と、対話後の捉え方の違いに注目します。相手の語りをきっかけに、自分が想定していた支援だけでは状況を捉えきれないと気づいた。そのように解釈し、仮の概念をつくります。
項目 | 記入例 |
概念名 | 相手の語りによる支援の前提の問い直し |
定義 | 対話相手が伝える状況と自分の想定との違いを受け止め、必要な支援についての自分の前提を見直すこと |
具体例(ヴァリエーション) | 【語りA】「交流前は、学校に通えない子どもがいるなら、まず学校を建てる支援が必要だと思っていました。でも、相手の学生が『私の地域では学校はあるけれど、通学の交通費が負担になる家庭もある』と話してくれました。それを聞いて、学校があるかどうかだけでは考えられないんだと気づきました。」 |
理論的メモ | ①新しい情報を知ったことに加えて、自分の支援の考え方を見直した点に着目した。②想定と異なる話を聞いても、考えを変えない場合はあるか。③「相手の話をもっと聞きたい」という意向との関係を検討したい。実際に追加で話を聞いたかは分からない。 |
この概念は、参加者による「必要な支援の捉え方」に焦点を当てています。「世界市民として成長した」とまで解釈すると、この短い語りが示す範囲を超える可能性があります。
また、分析しているのは参加者が相手の話をどう受け止めたかです。相手の発言を、その国や地域全体の状況を示す証拠として扱うわけではありません。
7.類似例と対極例を比較する
類似例を探す
別の参加者の語りを見てみましょう。
語りB「使わなくなったパソコンを送れば、学習に役立つと思っていました。でも、交流相手から『機器があっても、修理できる人や費用がないと使い続けられないことがある』と聞きました。送ることばかり考えていて、そのあと使い続けられるかを考えていなかったんです。物を届ければよい、という考えを見直しました。」
語りBも、相手の伝える状況をきっかけに、自分が想定していた支援のあり方を見直しています。この解釈を採るなら、類似例として具体例欄に追加できます。
学校施設と学習用機器という話題の違いがあっても、解釈した意味には共通点があります。一方、語りBでは、支援後の継続的な利用に目が向いています。この違いを概念の幅として捉えるか、別の概念を検討するかは、ほかのデータも見ながら判断します。
対極例を検討する
次の語りはどうでしょうか。
語りC「相手から、学校があっても交通費のために通えない人がいると聞きました。ただ、それはその地域の事情だと思いました。私は、教育支援はまず学校を建てることから始めるのがよい、という考えは変わっていません。」
語りCでは、想定と異なる状況を聞いても、自分の支援の考え方を見直していません。
先ほどの概念が「支援の前提を問い直すこと」であるため、語りCは、前提を問い直さず維持するという点で、対極例として検討できます。
これは、その人を「理解が浅い」と評価することとは別です。なぜそのように受け止めたのか、ほかの経験や判断との関係を確かめます。
理論的メモには、例えば次のように書けます。
想定と異なる状況を聞くことが、必ず前提の問い直しにつながるわけではない。相手の話を、自分の考えを見直す手がかりとする場合と、個別の事情として扱う場合がある。この受け止め方の違いは、何と関係しているのだろうか。
M-GTAでは、自分の解釈に合う例だけを集めず、対極例の可能性も検討します。[1] 単に異なる語りを探すのではなく、何について対極的なのかを考えることが大切です。
8.自分で概念をつくってみよう
分析テーマと分析焦点者は同じまま、次の語りを読んでみてください。
語りD「交流後、教育の問題に何か関わりたいと思ったのですが、自分にできることが分かりませんでした。仲間と話しているうちに、まず交流で聞いたことを学内で共有する会なら、自分たちでも開けそうだと思いました。私は会場を探す役割を引き受け、大学の窓口に相談しました。」
ひな形を使い、次の点を考えてみましょう。
どの箇所に着目したか。
そこで何が起きていると解釈したか。
その意味を、どのような定義と概念名で表すか。
ほかに考えられる解釈や、確かめたいことは何か。
記入例
以下は一つの考え方です。自分の案と比べるときは、名前の一致よりも、解釈の根拠に注目してください。
項目 | 記入例 |
概念名 | 仲間との相談による関与の具体化 |
定義 | 課題に関わりたいが方法を見いだせない状態から、仲間との相談を通して実行可能な活動と自分の役割を定めること |
具体例(ヴァリエーション) | 【語りD】「交流後、教育の問題に何か関わりたいと思ったのですが、自分にできることが分かりませんでした。仲間と話しているうちに、まず交流で聞いたことを学内で共有する会なら、自分たちでも開けそうだと思いました。私は会場を探す役割を引き受け、大学の窓口に相談しました。」 |
理論的メモ | ①漠然とした意向が、活動と役割に具体化した点に着目した。②活動を実行可能だと考えた理由は何か。③相談しても方法や役割が決まらない場合はあるか。④窓口への相談は語られているが、共有会が実現したか、どのような影響があったかは分からない。 |
「関わりたいと思うこと」「活動と役割を決めること」「実際に準備を始めること」は区別して考えます。
また、この活動が教育へのアクセスの改善につながったかどうかは、語りDからは判断できません。参加者自身の変化と、活動が社会にもたらした影響は、別に確かめる必要があります。
9.概念から説明モデルへ
個々の概念を検討しながら、早い段階から概念どうしの関係も考えます。概念がすべて完成してから、次の段階へ進むわけではありません。
概念間の関係を検討してカテゴリーを生成し、カテゴリー相互の関係から、分析テーマに応える説明モデルを組み立てます。データ、概念、カテゴリーを行き来する作業です。[1]
ワークシートとは別に、分析全体について記録する「理論的メモノート」も使います。例えば、次のような問いを残せます。
支援の前提を問い直すことは、その後の関わり方の模索にどうつながるのか。問い直したために、行動を慎重に考える場合もあるのではないか。仲間との相談は、その模索にどう関わるのか。
語りAと語りDは別の参加者の語りです。二つを並べただけで「前提を問い直す→関与を具体化する」という一連の変化が実証されたとは言えません。関係の可能性は、個々の参加者の経過や、ほかのデータとの比較によって検討します。
概念やカテゴリーの関係を図にする作業も分析途中から始め、修正を重ねて、全体を示す「結果図」にまとめます。そのうえで、概念とカテゴリーを使って分析結果を簡潔に文章化した「ストーリーライン」を作成します。[1]
10.分析はいつ終わるのか
M-GTAでは、分析の終了を判断する際に「理論的飽和化」を検討します。
個々の概念が十分に検討されているか。そして、概念の関係から構成された分析全体が、設定した問いに答えているかを確かめます。[1]
似た発言が増えたことや、一定の人数に聞いたことだけで、十分と判断するわけではありません。概念の意味や範囲、概念間の関係に根拠があり、分析テーマに対する説明が成り立っていることが重要です。
今回の短い練習は、その手前にある「語りから仮の概念をつくり、比較によって問い直す」作業を体験するものです。
11.学ぶときに大切にしたいこと
私たちは、こうした事例について分析や考察をするときに、「望ましい変化が起きたはずだ」と考えて、語りを当てはめないように気をつけていきたいところです。
今回の例でも、前提を見直したこと、見直さなかったこと、関わり方を具体化したことを、それぞれの語りに即して検討しました。研究者が期待する学習成果と、データから解釈できることを区別することが大切です。
複数人で練習するなら、同じ語りから作ったワークシートを持ち寄り、「どの言葉を根拠に、どう解釈したか」を話し合ってみてください。用語をそろえることよりも、解釈の違いをデータに戻って検討することに意味があります。
M-GTAの分析ワークシートは、考えを更新するための道具です。概念名や定義を書き直すことも、根拠の足りない概念を保留することも、分析の一部になります。
まずは「誰の、どのようなプロセスを理解したいのか」を言葉にし、一枚のワークシートから始めてみましょう。
参考文献・関連資料
[1] 木下康仁(2016)「M-GTAの基本特性と分析方法―質的研究の可能性を確認する―」『医療看護研究』13(1), 1–11。質的研究とM-GTAの位置づけは前半、具体的な分析方法はとくに7〜9頁が参考になります。
[2] M-GTA研究会「M-GTAとは」。M-GTAの方法論的な特徴や分析焦点者の考え方、関連書籍を確認できます。
体系的に学ぶための書籍
木下康仁(2020)『定本 M-GTA―実践の理論化をめざす質的研究方法論』医学書院。方法論、具体的な分析、グループワークについて学ぶための参考書です。
あわせて参照したい書籍
木下康仁(2007)『ライブ講義M-GTA―実践的質的研究法 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチのすべて』弘文堂。
※本記事は、参考文献をもとにM-GTAの基本的な考え方を一般向けに整理したものです。説明を簡略化している部分があり、筆者の理解や解釈に誤りが含まれる可能性もあります。実際に研究で用いる際は、原著論文・書籍を確認し、指導者や研究会などで検討を重ねてください。なお、掲載した語りとワークシートの記入例は学習用に作成した架空のもので、実際の研究結果や唯一の正解を示すものではありません。



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